神楽陽子における二次元ドリーム文庫の1冊目である。レーベルの通し番号は栄光の一桁台、「09」。発売は2004年の12月で、もう20年以上前ということになる。ちなみに2004年のベストセラーは、「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」「世界の中心で、愛を叫ぶ」「バカの壁」などで、そういう時代に二次元ドリーム文庫はその歴史が始まったのだった。当時、僕は大学3年生。であればちょうど書店でバイトを始めた時期ということになり、それから8年余り続く僕の書店員ライフと二次元ドリーム文庫は、二重螺旋のように濃密に絡まり合うことが運命づけられていたのかもしれないと思えてくる。
もっとも僕が二次元ドリーム文庫を「発見」するのはもう少し先のことであり、それ以前の古い刊行物は、あとから遡って手に入れ、読んだのだった。当然、著者1冊目であるこの作もそのひとつだ。ちなみに、これはあえて言うまでもないことのように思えるが、先ほどから言っている1冊目というのは、あくまで二次元ドリーム文庫に限っての話であり、神楽陽子はそれ以前に二次元ドリームノベルスのほうで著作を出している。
神楽陽子の二次元ドリーム文庫作品を読み返し、感想文を書いてゆくにあたり、この二次元ドリームノベルスという存在に触れないわけにはいかない。
二次元ドリームノベルスは、前世紀から刊行が始まり、そしてなんと文庫が休眠した現在においても、デジタルながら新作が刊行され続けている、もはや妖怪のようなレーベルであり、僕はこちらに関してはほとんど手を出していないのだが、その大体の特徴としては、「主人公は女の子」であり、それは「魔法少女だったり女戦士だったり女性捜査官だったり」し、そして「圧倒的な力を持っていたり、大人数だったりする男性、あるいは触手」に、「ひたすら蹂躙される」、という内容となっており、いまも刊行され続けているということは、この様式に対して本当に根強い支持層が存在するということになる。野球も、相撲も、いつまで同じことやっとんねん、などと思ったりするが、本当に心の底から好きだったら、同じことが同じように、いつまでも営まれ続けていることほど尊いことはないだろうと思う。刊行がストップしてしまった二次元ドリーム文庫好きとして、しみじみとそう思う。
二次元ドリーム文庫は、ノベルスから独立し、そして結果として行き詰ってしまったわけだが、そんな僕の愛した、二次元ドリーム文庫のオリジナル色が出る前、つまり独立した直後は、まだだいぶノベルスの雰囲気を残していた。そもそもの編集部としてのコンセプトがどういうものだったのかはもちろん判らないが、独自色を出そうという意図はあまりなく、文庫判なのでノベルス判よりも持ち運びやすい、くらいのコンセプトだったのかもしれない。
そんな長い前置きのあとで、話はようやく「聖魔ちぇんじ!」の内容へと至る。
あらすじはこうである。
正義の変身ヒロインと悪戯好きな悪魔っ娘。ライバル同士の二人の身体がとある事件で突然チェンジ!二人それぞれに「コイツの身体をエッチな目に遭わせちゃえ!」と巻き起こしていくハプニングの数々に、街はもう大混乱!?
登場人物は、ホーリーハートに変身して町を守る鹿島翠と、悪魔の少女ナナコ=アラストル、そして翠の幼なじみである舞木祐一。あらすじにあるように、天使と悪魔的な少女ふたりが、格闘の末に精神が入れ替わってしまう。そこで、それぞれにとって憎い相手である互いの身体を使い、貶めてやろうと痴女行為を行なう、というのがこの物語のストーリーである。
後世の二次元ドリーム文庫読みとしては、翠の幼なじみである祐一を取り合う展開となるのだな、と確信するのだが、ノベルスの遺伝子を色濃く残す初期作はそう一筋縄ではいかず、翠の身体になったナナコが、その晩に祐一を誘惑して行為に至るまでは想像通りだったが、そのシーンを目撃してしまった、ナナコの身体になっている翠は、なぜかそこに乱入することはなく、深夜の公園へと飛び出し、そこで見知らぬ汚いおっさんと、なんの愛情もないセックスをしてしまう。ナナコはサキュバス的な悪魔という設定のようで、男性経験は豊富なのだが(この設定もまた、のちの二次元ドリーム文庫読みとしては衝撃がある)、身体こそナナコのものでも、精神は処女である翠である。それなのにこんなひどいセックスで快楽を覚えてしまうなんて、これは淫売なナナコの身体のせいだわ、と翠は思う。
ここにこの物語のポイントがある。
このあと、それぞれの少女は本格的に、相手を貶めるためという言い訳をしながら、町中で痴女行為を繰り広げる。十数本の男性器に囲まれて一斉射精される、二次元ドリームノベルスのお家芸のような場面が展開される。ナナコの身体にある翠の精神は、この行為の乍中にあって、なおも「これはナナコの身体のせい」と自分に言い聞かせるのだが、それが真実でないことは、読者はもちろんのこと、翠自身も気付いている。実際、このくだりの最中に、翠とナナコの精神はふたたび入れ替わり、つまり元通りになるのだが、淫魔であるナナコはもちろんのこと、ホーリーハートである翠もまた、悦楽に溺れ、悦びながら、知らない男たちの無数のぱぱぼとるに蹂躙され続ける。
すなわち、翠もナナコに負けず劣らず、スケベだったのである。
この物語が、この設定を用いて表現したかったのは、この部分だろうと思う。黎明期でしかあり得なかった、女の子が主人公で、メインキャラクター以外とも性行為をするという内容であったからこそ活写することができた主題だと言える。
それは単にこの1冊の小説の主題ではない。二次元ドリーム文庫というレーベルそのものの主題だし、さらに大きく言うならば、この世界の主題でもある。
つまり、『女の子もエロい』ということである。
主題と言ってもいいし、いっそ憲章として高く掲げてもいい。
二次元ドリーム文庫は、それが絶対的な約束として保障されているのだ。
『女の子もエロい』
『女の子は男性器および精液が大好き』
『女の子は常にエッチなことをするきっかけを求めている』
この3つを三憲章として、二次元ドリーム文庫は成立している。いまどきの言葉で言うなら、プロンプトということになる。そういうルールですべての物語は生成されている。やがて主人公は男が主になって、そこから新しい憲章が追加されてゆくが、元始の二次元ドリーム文庫はそうだったし、つまり真核の部分はそこだということになる。「聖魔ちぇんじ!」はわれわれにそのことを教えてくれる。
ヒロインが無数の男に囲まれて精液まみれになる、中盤から終盤にかけての場面は、いわゆるヌキどころとしてはピークということになるが、実はこの流れの中に、祐一は一切登場しない。ここがすごい。さすがは黎明期。しかし、じゃあ祐一は序盤で、翠の身体のナナコとセックスをした以外は出番がないのかと言えば、さすがにそんなことはない。
最終盤、男たちの集団との行為を終え(ちなみにナナコの魔法により、男たちにとってこの出来事はすべて夢の中のことと思うようにされている。とても便利である)、 ナナコと翠は語り合う。
「あーあ。もうちょっとイキたかったんだけどなあ……」
翠も同じ気持ちであたりを見まわす。まだ足りない。もっとイキたい。そんなとき、ナナコがぼそっと呟いた。
「ユウイチとしようかな……」
黒衣の淫魔が顔を真っ赤にする。
「ね、ねえナナコ。祐一くんのおちん〇んって……どんなのかしら?」
大好きな祐一のペニスに興味を持った翠が質問すると、ナナコが誇らしげに答えた。
「えへへ、すっごくおっきいの! フェラチオしてるとね、おくちの中がいっぱいになって、舐めるのがやっとで……」
話を聞くや祐一のペニスをしゃぶりたくてたまらなくなった、はしたない翠。ぽかんと開いた口から涎を垂らす。
「あはは! ミドリったら、ヤっらしー!」
「そ、それは……でも……美味しそうなんだもの」
いつのまにかエッチが大好きになってしまった自分がちょっと恥ずかしい。
そしてすっかり仲良くなったふたりはともに祐一のもとへと向かい、祐一は戸惑いつつも、スケベな女の子ふたりから誘惑され、巨根を弄ばれるめくるめく日々が始まるのだった、というのがこの物語のラストで、主人公(ではないが)の少年が巨根の絶倫というのは、このあとの二次元ドリーム文庫の流れからすれば順当だと言えるが、驚くべきは、翠と祐一は作品内でとうとういちどもセックスをしない、という点である。翠の身体のナナコとはしているが、精神的な意味で翠とはセックスをしない。最後に「それ以降ふたりとセックスまみれの日々である」みたいな記述はあるが、描かれないのだ。これものちの時代では考えられない。そもそもヒロインの(精神的な)初めての相手が、深夜の公園にいた汚いおっさんという時点で、大ブーイングだろうと思う。
そう考えれば、「昔は大らかだった」という、ありきたりな、しかしたしかにそうである結論が導き出される。この手のジャンルの創作物というのは、厳正さが極まった結果、がんじがらめとなり、身動きが取れなくなって潰えたのではないかという印象もあり、これから刊行順に読み進めることで、そのあたりのことも探っていければと思う。
さすがは通し番号一桁台なだけあり、きちんとその時代性を表していて、やはり神楽陽子を軸にして二次元ドリーム文庫の歴史を振り返るのは正しいな、ということを実感した、いい1冊目だった。