3冊目。刊行は2005年10月で、レーベルの通し番号は29。前作「なりきりプリンセス」から3ヶ月しか間が空いておらず、それでいて通し番号は7も進んでいるわけで、当時の二次元ドリーム文庫のイケイケさがここからも伝わってくる。実際はこのあとさらに隆盛を極める時期もあるのだが、実はつい先ごろ二次元ドリーム文庫に、2023年11月以来、ほとんど2年ぶりの新作が刊行されるという出来事があったので、やけに感慨深く思ったのだった。
今回もはじめにあらすじを引用する。
ボクの家に三人の美少女戦士・ラヴハートがやってきた!? 突如始まった夢のような同居生活。彼女たちのきわどいコスチュームと豊満な肢体に理性を刺激され、さらには連日連夜淫らな遊戯を迫られる少年。やがて家中は愛欲のパラダイスに染まっていく!
前作に較べ、とても簡潔な設定である。主人公の少年・衛の家に、彼を慕う美少女戦士の3人が押し掛け、ひたすら愛欲の日々を送る。以上である。ちなみに衛の両親はお約束の海外赴任によって家におらず、少年はひとり暮しをしている。
なんて安易でご都合主義のエロ小説か、と思われるかもしれないが、一連の流れで考えたとき、この設定にこそ神楽陽子の表現者としての気概を感じられると思う。
前回の「なりきりプリンセス」の感想文で、『女の子が主人公で、無数の男を相手にする、というスタイルの作品は、神楽陽子に関してはここまでで、このあとは基本的にひとりの男を相手に展開する物語となる』と書いた。それはつまり二次元ドリーム文庫が、二次元ドリームノベルスと袂を分ったことを意味するが、元来がノベルスの作者であった神楽陽子は、そのことに対して特別な思いがあったのだろうと推察される。それゆえに、その記念碑的な意図によってこの作品は紡がれたに違いない。
着目すべきは、ヒロインとなる3人の女の子たちは、みなラヴハートという美少女戦士なのだが、その戦いはこの物語の開始時点で終わっている、という点だ。その顛末は、冒頭の数行で説明されている。
杏樹はラヴハート・アンジェとなって、己の使命を知った。そして同じく目覚めた仲間と力を合わせ、魔の眷属たちを封印することに成功する。謎の美少女戦士が噂になることもあったが、あくまで噂、人知れず闘いは終結した。
いま、杏樹は「普通の女の子」として平和な日々を送っている。
この数行こそが、二次元ドリームノベルスからの独立のモニュメントであり、いままさに目の前の大海原に繰り出すのだという、若き二次元ドリーム文庫の声高な布告であろうと思う。
美少女3人によるラヴハートのコスチュームは、それぞれあられもない部分が欠如した、露出過多の全身タイツで、しかもそれは表面積が小さい一方で、防具としての役割のためか、きわめて硬い繊維でできており、それはさながら亀甲縛りのように、動くたびに少女たちの身体に刺激を与えるという。つまりこれは、どこまでも二次元ドリームノベルスの文脈で考えられた衣装であり、ラヴハートたちはこれを着て魔の眷属と戦っていた際、それはもう無数の魔物や、あるいは触手によって、穴という穴を犯されたに違いないのだった(ただしのちの衛とのセックス描写によると、全員処女だった。説明はなかったが、美少女戦士は処女膜もまた再生するのだと理解した)。
しかしそれは一切描かれない。魔の眷属たちは既に封印されている。なぜか。それはこの物語が、二次元ドリーム文庫というレーベルで発売されたからだ。二次元ドリーム文庫では、無数の魔物や触手によって、エロエロコスチュームの少女が穴という穴を犯されるシーンは、描かれない。その代わり戦いを終えた少女たちは、思いを寄せる少年のもとへと押し掛け、そこで少年を中心にしたハーレムストーリーが展開される。これからはもうそういう時代なのだということが、とても明確に示唆されているのだった。
かつ、この美少女戦士という設定は、三憲章のひとつ、『女の子は常にエッチなことをするきっかけを求めている』にも作用し、少女たちはそれぞれ衛と同じ学園に通っており、そして好意を持っているが、しかしそこから先へ踏み出すきっかけが持てず、少年との関係を深められずにいたわけだが、魔の眷属を封印したあと、平和になった世界で、もう不要となった美少女戦士という設定こそが、ともすれば魔の眷属よりも手強い、大好きな男の子とエッチなことをしたいけど勇気が出せないという少女たちの葛藤を、軽々と封印してくれるのだ。すなわち、変身後の美少女戦士としてなら、少年とスケベなことをし放題である、と。
これは第1作「聖魔ちぇんじ!」の翠と一緒で、神楽陽子はやはりそこが真摯というか、元来スケベな女の子が、しかしスケベさを顕出しづらい現代社会で、いかに「いいんだよ」というきっかけを得るかという、その説明が丁寧だし、なにより優しい。そう、優しさなのだ。神楽陽子はキャラクターの女の子たちに対していつも優しい。その優しさこそが物語世界を心地よいものにし、それゆえに僕は神楽陽子作品が好きなのだとしみじみと思う。
ちなみにキャラクターの女の子に対して優しくないエロ小説の筆頭は「孕ませ」であるというのに異論はないと思うが、少なくとも二次元ドリーム文庫における神楽陽子作品に、孕ませは存在しない。ただしこの作品に登場する女の子のうちのひとり、杏樹ことラヴハート・アンジェには、母乳が出るという設定がある。それに対する説明はこうである。
ラヴハートの有する魔力がホルモンのバランスに影響を与え、胸肉をここまで育てたのみならず、こうしてミルクを搾り出すことも可能なのである。もっとも、母乳の分泌はアンジェだけに限定される。
美少女戦士という設定はすごく便利だな、と思う。美少女戦士だから際どい衣装だし、母乳も出る。なにか文句あっか、という話だ。ジョージ・ルーカスの、宇宙では空気がないから音なんか出ないのではないかという指摘に対する、「俺の宇宙では出るんだよ」にも似た痛快さがある。あるいはしずかちゃんをなるべく裸にしたいFが編み出した、「しずかちゃんは大のお風呂好き」という設定のようだ。作者がどうしてもかなえたい部分は、力技でねじ伏せればいいのだ。経産婦にするわけにはいかないけど、母乳プレイがしたかったのだ。実際、ラヴハートの他のふたり、口淫が得意なクール系ショートカット美少女ユラと、最も体が小さいのに最も胸が大きい無邪気系ツインテール美少女リリアンに対し、メイン的な扱いであるがゆえにいまいち特出したポイントに欠けるアンジェには、どうしたって母乳という武器が必要だったのだろうと思う。
さらに言えば、前作までは無数の男たちによる度重なる射精という派手なシーンがあったが、今作からは男がひとりなので、もちろん主人公の射精量は一般平均に較べて並外れているとは言え、どうしたって迫力不足にならざるを得ず、そこに二次元ドリームノベルス畑でこれまでやってきた神楽陽子は、若干の不安があったのではないかと思われるが、アンジェの母乳はその部分もカバーし、主人公の射精ののち、女の子たちも追って果ててゆく中で、アンジェだけは昇天の際に、『張り詰めた桜色の突起から大量噴射を開始する。』のである。
衛の射精はこうである。
ビュルルルルル! ドプッ! ドプドプドプドプ! ビュクビュクッ!
ビクン! ドビュビュビュビュビュ! ビクビクビクッドクドクドクドク!
2行である。ちなみにこれまで文字を絵のように眺めていたのか、あまり意識していなかったが、今回こうやって一字一句を間違えないよう打ち込んでみて、なんだこれ、といまさらながら思った。ただし今回は話が散漫になるので、シャノマトペ(僕が過去に考えた造語である)についてはまた別の機会でじっくり語ろうと思う。
続いてアンジェの母乳の噴射はこうである。
ドプドプドプドプ! ドクドクドク、ドクン! ドクン! ドクン!
ほぼ一緒であり、やはりこれは個人競技となった射精の補完のために生み出された技法なのだな、と思う。その一方で、アンジェの後半の『ドクン! ドクン! ドクン!』の部分に、射精にはない、少女の胸の疼きのような気配をうっすらと感じ、それに対してほとんどの人類がまだ至っていない境地の美意識が刺激される感じがなくもない。もう自分でもなにを言っているのかよく分からない。
そんなわけで今作は、何度も言うように二次元ドリーム文庫と二次元ドリームノベルスがいよいよ明確に分離してゆく中にあって、神楽陽子がそのことを高々と宣言する、過ぎ去ったノベルスに8回、新しい文庫に8回、締めて16回の鐘を鳴らす、16点鐘のような作品になっており、とても重要な1冊であると言える。